別府八湯・名人への道:/61 山田別荘 /大分

◇昭和初期の薫りの中で
 脱衣所から階段を下りた浴室には大きな窓から温かな光が差し込み、小さなタイルがぎっしりと張られた壁を照らし出していた。「へぇー」と深いため息をもらす妻の横で、長女日向子(4)は湯船に浮かぶザボン3個を引き寄せ「3兄弟だぁ」と喜んだ。

 北海道で電気事業会社を興し、別府ケーブル遊園(現ラクテンチ)の出資者でもあった故山田英三氏が1930(昭和5)年に建てた別荘が前身。それを戦後、旅館に衣替えした。

 1965年ごろを境に、近隣の旅館が鉄筋コンクリートの「ホテル」に建て替えられていった。そんな中でも、英三氏の孫にあたる先代の故省三氏は、木造の宿を守り続けてきた。その長女で、現女将のるみさん(40)も「今までの趣を失うことなく、快適な宿にしていきたい」という思いを胸に、じっくり、じんわりと建物を、そしてサービスを育てている。

 昭和レトロの雰囲気を残しつつ、改装した内湯もそのひとつだ。壁のタイルを大切に守り、木目の天井が美しい。なのに、黄色のプラスチックおけが不思議となじむ。

 「ケ、ロ、リ、ンて書いちょるな」

 気が付くと、日向子は、おけの底に書かれた文字をゆっくり読みながら、湯船に浮かんだザボンを移して遊んでいた。「今まで入った中で、ここが一番。また来ような」。日向子の口から、そんな言葉ももれた。【祝部幹雄】

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 ◇山田別荘(北浜)
 ナトリウム-炭酸水素塩泉を使った露天風呂と、ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉を使った内湯2室がある。肌に優しい湯はもちろん、改装した内湯の天井も味わい深い。立ち寄り湯は午前10時~午後3時で、入浴料500円。問い合わせは0977・24・2121。

伝統工芸解除 このまま消え去るのは…

 福岡県広川町の歩道には、特産の巨峰の絵と並び、県指定伝統的工芸品の広川下駄(げた)をアピールするげたの絵が描かれたカラータイルがはめ込まれている。

 広川町のある八女地方は森林が多く、昔から木工業が盛んな土地柄だった。なかでも広川下駄は軽くて弾力性のあるキリを使い、履き心地が良い高級げたとして全国に名をはせていた。

 ところが県による初の実態調査で、県指定35品のうち、広川下駄と福岡市の博多絞、北九州市の手吹きガラス、直方市の筑前ブンブン凧(たこ)の4品が後継者不在で生産されていないことが判明した。県は「指定品として紹介し続ければ誤解を招く」と近く指定を解除するという。

 博多絞は木綿と絹の絞り染めで、鹿子(かのこ)などの文様を多彩に施した伝統的な手作りによる手染めである。手吹きガラスは、アメのように溶けたガラスを吹きざおに巻き取り、花瓶などのガラス製品を作り出す。筑前ブンブン凧は、青竹でしっかりと骨組みを作り、その上から歌舞伎の役者絵などを描いたものだ。

 それぞれ国内外から高い評価を得ていたが、県が昨年夏から地元商工会などに聞き取り調査した結果、職人の引退で数年から10年以上前、生産されなくなっていた。生活様式の変化で製品が売れなくなったことが影響しているという。

 伝統的工芸品は、1974年に伝統的工芸品産業振興法が制定されて国の指定制度が始まったのを機に、都道府県でも広がった。九州でも大分県を除く6県が導入し、現在、計195品が指定されているが、国のように後継者育成などに財政支援をする都道府県は少ない。

 福岡県は県庁内での展示や観光パンフレットへの掲載をしているが、財政的な支援はない。継承を目的に経済的支援をしている宮崎県でも、日向焼など生産が途絶えた指定品がある。しかし、指定解除はせずに情報発信を続け、後継者が出てくるのを待つという。

 ただ、国指定品211品を見ても、2006年度の従事者は計9万3400人で、約30年前の3分の1に減った。30歳未満の比率も28・6%から6・1%に下がるなど、伝統工芸界は後継者不足と高齢化が進行して厳しい状況にある。

 それにしても、福岡県の「途絶えたから指定解除」という姿勢は、あまりにも冷淡すぎるのではないか。宮崎県のように何らかの形で技術を紹介し続けるなどして、復活を待ってもいいはずだ。

 「温故知新」という。その地で生まれた工芸品には、ものづくりの技術にとどまらず、その土地ならではの知恵がいっぱい詰まっている。古いものを大切にする中で、新しい発想も生まれてくる。

 地域文化が各地で見直され、日本的な暮らしや「ものづくり」が内外で再評価されている時でもある。地域に受け継がれてきた「伝統の技」がこのまま消え去るのは、やはりもったいない。

=2009/12/28付 西日本新聞朝刊=

緩和ケア病棟を新設 県立多治見病院、末期がん患者ら対象に

2010年3月に完成する多治見市の県立多治見病院新病棟の全体像が、明らかになった。既存の診療科を移転するほか、県内の公立病院では初の緩和ケア病棟や、ホテルの一室のような特別室(VIPルーム)を新設する。

 08年に着工。免震構造8階建て、延べ2万7347平方メートル。病床数は460床で、既存の病棟と合わせて627床。現在の許可病床数より54床減少となる。

 1階は解剖室、化学療法室、レストランが入る。2階は、リハビリ室以外は職員スペース。3~8階は各科の病室が移転。7階には、応接セットやシャワーなどを完備した「特別室(VIPルーム)」を設ける。屋上は池を設け庭園風。外壁に太陽光を反射し、ヒートアイランド現象を抑制するタイルを使用した。

 休止中の精神科病棟は新病棟3階に移し、再開する予定だったが、20人の看護師確保のめどが立たず、10年度いっぱいは休止のままに。末期がん患者らを対象にした緩和ケア病棟(新病棟8階)は、専門の医師がまだ採用できていないが、舟橋啓臣院長は「緩和ケアは必ず始める」と話している。

 (志村彰太)