わが家の毎日の食卓は、日本とスペインの食が融合した「和西食」である。日本人のわたしより、ルイスのほうが「ご飯とお味噌汁」を食べたがるから、独特の組合せになる。ただし、和西のどちらも「正統料理」とはとても言えない。したがって、「なんちゃって」が頭につく。
たとえば、昨日のお昼ごはんは、手巻き寿司、あさりのお味噌汁、トルティージャ(ジャガイモとタマネギ入りの卵焼き)、きゅうりと茸のナムル、人参サラダに赤ワイン。寿司ネタは、アボガド、スモークサーモン、キュウリ、羊のチーズとヤギのチーズ、ハモン(豚モモ肉の塩漬け生ハム)、セシーナ(牛モモ肉の塩漬け生ハム)など。前の晩、ルイスの妹カップルが来ていて、晩ご飯をいっしょに食べたので、そのときの残飯整理である。今回は奮発して、すし飯に日本の上等のお米を使ったけど、普段はスペインのお米で十分。米酢の代わりに、家にあるワイン酢やリンゴ酢を使う。
あるもので工夫するよう、子供の頃から言い聞かされて育ったわたしは、普段、取り寄せなどをせずに、このあたりで買えるもので済ませるようにしている。ありがたいことに、米、醤油、味噌などは、この田舎町でも手に入る。豆腐は、手作り豆腐の名人であるオトーサンこと、故M子さんのご主人にいろいろ教えていただき、いっとき自分で作っていたこともあった。が、中華料理屋で分けてもらう自家製豆腐がまあまあいけるので、買う手軽さに負けてしまった。
だし用の鰹節や昆布の調達は、さすがにこのへんではちょっとムリ。だし昆布はマドリッドでかなり大きなものを買ったので、当分持つ。また、インスタントのだしの素をなぜか人様からよくいただき、自分では一度も買ったことがないのに、切らしたためしがない。
だしの素にちょっと飽きてきたとき、重宝するスペイン食材が、チョリソ(豚の腸詰め)やハモン、アンチョビー(塩蔵カタクチイワシ)。ほんのちょっぴり使うだけで、いいだしが出る。ハモンをさいの目に切ったものは、焼豚がわりとしてチャーハンの具にぴったり。チョリソ入りのお味噌汁は、言うなれば「スペイン風豚汁」。オリーブオイル漬けアンチョビーは、インスタントいりこだしより味がぐっと深まる。どちらも油分が多いからお味噌汁が冷めにくく、口当たりもよくなって、特に冬は活躍する。
入手が難しいのは酒類扱いのみりんくらいか。これだけは、マドリッドに帰省したときに、友人の日本食材店で買っている。
そんな貴重品のみりんなので、代わりによく使うのが、糖度の高いマラガの地酒、マラガワインである。よく知らずにマラガワインをお土産に買って帰り、上戸の友人にプレゼントしたらあまり喜ばれなかった、という話をたまに聞く。マラガワインはかなり甘口で、そもそも食事中に飲むワインではない。食前酒、あるいは食後のデザートワインとして、シェリーグラスよりもさらに小さいグラスで少量いただくものである。地元の人は、お菓子に使ったり、アイスクリームやフルーツにかけたりもする。肉汁といっしょに煮詰めてこくのあるソースにするなど、高い糖度を生かした料理にも使われる。いわば、葡萄みりん。
ルイスもわたしも、食事にはお酒が欠かせない。スペインでお酒といえば、やはりワイン。ワイン、ワインってカタカナ英語で呼ぶけれど、要は「葡萄のお酒」。お米の日本酒、大麦などのビールと同じ、醸造酒である。スペインを代表するお酒だから、日本酒ならぬ西酒と言える。日本各地に地酒があるように、スペイン各地に、個性的な葡萄酒がある。スペイン国内で行っていないところはまだまだたくさんあるけれど、お酒での各地めぐりはずいぶん味わわせてもらっている。これもルイスのおかげさま。
白やロゼ(スペイン語は「ロサード」)も飲むけれど、たいていは赤。はじめこそ、ごはんとの組合せにちょっぴり違和感はあった。それがいまでは、ごはんの白と葡萄酒の赤というめでたい紅白の彩りが、食卓の日常風景になっている。
ところで、ワインはスペイン語で「ビノ」。この「ビノ」という単語、動詞「来る」の過去形と発音もつづりも同じである。
マラガ市内に、マラガワインだけを10種類以上、樽で置いている、1840年創業の立ち飲み屋がある。昔ながらの量り売りもしている。この店の壁に、タイル製のこんなダジャレ標語が飾ってある。
「せっかくこの世に生まれて来た(ビノ)のに、酒(ビノ)も飲まんやつは、いったいなんのために生まれて来た(ビノ)んや」
ほんまに。わたしはいつもそう思っていっぱいひっかけ、生まれて来たありがたさをお酒とともに五感で味わっている。
はるばるスペインに来た(ビノ)のに、スペインのお酒(ビノ)を飲まへんなんて、なんのために来た(ビノ)んかわからへんもん。(齋藤慎子)