11月4日8時1分配信 産経新聞
「1人1便器。2時間集中して、いい汗を!」。大阪府立阿倍野高校(大阪市阿倍野区)で開かれた「第23回大阪便教会(べんきょうかい)」。小中高の教師、高校生、大学生ら参加者約70人がスポンジと網目状のサンドペーパーを手に、便器磨きに取りかかる。裃(かみしも)を脱ぎ捨て、上から目線ではなく教師が子供と向き合う一歩にと、愛知県の1人の高校教諭が立ち上げた「便教会」がいま、全国的な広がりを見せている。(服部素子)
土曜日の午前8時、阿倍野高校に同府立城東工科高校の野球部員、京都府立向陽高校の女子バレー部員、大阪産業大学の硬式野球部員と、大阪、京都、滋賀などからやってきた教師や市民が集合。生徒4班、教師班の5つに分かれて、男子トイレ5カ所で掃除が始まった。
耳を疑ったのは、「掃除は素手、素足で」というかけ声。大阪便教会の母体で「西宮掃除に学ぶ会」(兵庫県西宮市)代表の佐藤弘一さんの言葉だ。記者の驚きをよそに2、3回目の参加という男女15人の生徒らは、サッと靴下を脱ぎ、手際よく防菌スプレーを手にすり込んでいく。
サンドペーパーのシャッ、シャッという音の響くトイレ内に、「指が痛い」「クッソー、とれへん!」といった声があがる。
「悪臭の元は、便器にこびりついた尿石。小便器の目皿をはずして、管の奥までしっかりこすって」と佐藤さん。使う洗剤は環境を配慮した自然系。薬品で汚れをとるのではなく、とことん人力で磨きあげる。
開始1時間、洋式便器を磨いていた高校球児が「きょうは、上出来!」と小さくガッツポーズ。
個室も合わせて15の便器がピカピカになったところで、次はたわしを持ち、タイルの床磨きに突入した。あっという間に、予定の2時間が近づく。
最後に、使用した道具をすべて洗い、乾いたタオルで床の水をぬぐって終了。鼻をつく悪臭は消え、ピカピカの便器と一仕事終えたさわやかな顔が並んだ。
便教会の正式名は「教師の教師による教師のためのトイレ掃除に学ぶ会」。愛知県の高校教諭、高野修滋さんが、全国に支部を持つ「日本を美しくする会 掃除に学ぶ会」(田中義人会長、本部・東京都)の活動に触発され、「『先生』と呼ばれる教師は傲慢(ごうまん)になりがち。だからこそ、内省し、ただ身を低くして実践あるのみ。人格を高めるのは、方法論や手法ではない」と平成13年に提唱。現在、京都、長野、大阪、広島などに広がる。
大阪便教会の発足は18年12月。阿倍野高校を“ホーム便所”に、毎月第4土曜日に開催しており、依頼があれば近隣の中学や高校のトイレにも出向く。
掃除の場を提供する阿倍野高校の奥野嘉彦校長も、今年4月の着任以来、便教会に毎回参加する一人だ。「最初に参加したときは強烈な体験だったが、2時間かけて一心不乱に便器を磨いて得たものは、とても大きかった」と振り返る。
参加者は教師だけのときもある。生徒の参加は無料だが、教師や市民の参加費は500円。大阪便教会の発起人で兵庫県尼崎市の市立尼崎高校教諭の大谷育弘さんは「お金を払って掃除をする。そこに感謝があるんです」と話す。
便教会の魅力は、目に見える達成感と、物事に向かう自分の気持ちがトイレにきちんと反映されること。
今回が初参加という高校生の「最初は汚くて嫌やと思って中途半端に磨いたけど、せっかく早起きして来たんやから、と本気で磨いたら、きれいになった。何でも本気を出したら得るものがあると思った」という言葉にうなずく参加者の顔が、晴れやかだった。