衛生陶器(3) 2強のルーツは名古屋

Q 衛生陶器はどう発展してきたんだろう?

 A 日本トイレ協会などによると、すでに紀元前2200年ごろのメソポタミア文明には、人が横並びで使う共同の水洗トイレがあったようだ。陶製便器が本格的に出始めたのは18世紀後半の産業革命以後で、主要国で最初に特許登録されたのは1775年の英国だ。実際には、特許制度が遅れていた仏のほうが先んじて開発が盛んだったともいわれる。便器が初めて上下水道と直結したのは1850年、ロンドンでのことだったそうだ。

 Q なぜ日本で世界的なメーカーが育ったの?

 A 江戸時代まで便器は木製だった。しかし、瀬戸や常滑など伝統的な窯業の基盤があったところに、明治に入って起業家が近代的な窯業を始め、衛生陶器産業の礎を築いた。立役者の一人は森村市左衛門。1904年、名古屋で日本陶器合名会社(現ノリタケカンパニーリミテド)を設立し、欧州式の近代工場を建設して白色磁器を米国に輸出した。17年には衛生陶器部門を分離して東洋陶器(現TOTO)を設立、森村の親族の大倉和親が社長に就いた。24年には大倉が出資してタイルや陶管を作る伊奈製陶(現INAX)を設立、会長になった。

 Q TOTOとINAXは「親類」なの?

 A 経営は独立していたが、INAXが01年にトステムと統合するまで、同じ森村グループだった。とはいえ、技術や価格を競い、日本メーカーの力を高めてきた。1978年の福岡大渇水、2005年の京都議定書発効などは節水型便器の開発を進める契機になった。清潔さに対する日本人のこだわりも、発展の原動力になったそうだよ。

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